こだわりの蕎麦・蕎麦のこだわり・・もみじ苑

  • こだわりの蕎麦・蕎麦のこだわり・・もみじ苑

蕎麦という作物ほど、単純で、尚且つ奥が深く、人々を魅了する物は他にはないのではないでしょうか?

というより、日本人の感性がお茶でも花でも、全ての物に息を吹き込み文化にまで昇華させてしまうからでしょうか?凡そ雑穀といわれてきた作物がここ半世紀の関係する人々の努力によってここまで見事な作品に仕立て上げられた事に感慨を覚えます。

農家の人が蕎麦を撒き秋に刈り取って玄蕎麦・・という作品を作ります。その作品(玄蕎麦)を仕入れた蕎麦屋さんがどのように手を加え、粉にし、そばに打つか・・たったそれだけのことに人生をかける人達がいます。

自分の感性が作り出す商品(そば)を、周りの人がどう評価するか??これが実に楽しいんですよ・・なんたって、正解がないんですから。これがオレの味だ・・・。で決まってしまうんです。

蕎麦は大きく分けると、白い粉(製粉の課程で・・)か、黒い粉か??、はたまた粗挽きか細かい粉か・・という大きな分類で、味も食感も、風味、見た目まで、それはそれは多種多様な作品に仕上がります。この辺の制作過程が作者の意図するものである以上、それを上手いと表現するのは良しとして、不味い・・と表現するのは如何なものか??と考えます。正解は(自分の口には合わない・・)、と言うべきではないでしょうか。蕎麦を蕎麦屋で楽しむ以上、合う、合わないは必ずあると思います。そこを楽しめるようになると大人だなあ(笑)・・と思っちゃいますねえ。

当店では近隣の農家(いわゆる奥久慈を中心とした地元産を、主に使用します)から仕入れた玄蕎麦を低温貯蔵します。それだけでは劣化が進みますので、玄蕎麦のまま無酸素真空状態での保存をします。こうした手間をかけることにより秋の新そばとほぼ変わらぬ状態での保存が可能になります。

当店の蕎麦の製粉は、秋に,農家から集め、低温・無酸素貯蔵している玄蕎麦を,脱皮器にかけて殻を外します。この殻を外し蕎麦の実を取り出すという工程を経る事により、その中に収穫時に混じってしまう蕎麦以外の異物を発見、取り除くことが容易に出来るようになります。(ここで一般の方には理解しづらいかもしれませんが、簡単に説明すると刈り取った玄蕎麦の中には畑の土や、蕎麦以外の植物の実、茎や虫、畑での乾燥時に入ったかと思われるネズミの糞様のもの・・等々、凡よそこの脱皮という工程を経ないと気が付かないような黒色の異物が入っていることが往々にしてあります。私共ではこのようなことに気が付いたことで古くからの(玄蕎麦の殻が付いたまま製粉する)事に、大きな疑問と不安を感じ、いわゆる蕎麦の実(丸ヌキ)だけを取り出して粉にする,丸ヌキ製粉に取り組み始めます(平成2年頃~)。

人によっては殻まで挽きこんだ黒い蕎麦の方が美味い・・という方が居りますが、小麦や米の粉を挽く時に籾殻まで挽きこんだ方が美味い・・という人がいないのと同様、殻は食べ物ではなく外すべきだ・・というのが当店の考えです。

当店では,こうして外した蕎麦の実の中から蕎麦以外の異物を当店自作のカラー選別機を使って取り出します。この当店自作の全国初の蕎麦の実のカラー選別機は大変かわいい機械(笑)で、設定した色(8チャンネルあるので8色)を忠実に疲れも知らず,文句も言わずに黙々と選び出し分別してくれます。つまり、黒い色を取り除きたければ黒に、茶色い色を取り除きたければその色に、また綺麗な緑色を取り出したければその色を設定することが出来る超優れもの・・なのです。

  

こうして、異物や、任意の色の実を取り除くことで従来の雑味がかった蕎麦とは違う,蕎麦本来の粉の味を作り上げることが出来ます(・・と、私は信じてます・・笑)。ここまでの、こだわりが必要かどうかも、いわゆる自己満足の域を出るものではありませんが、このカラー選別機は蕎麦機械メーカーのミツカ様から平成14年に商品化され、全国のこだわり蕎麦やさんで使われております。全国で最初に取り組んだ機械が蕎麦業界に広まったことに感無量の喜びを感じております。

こうして選び出した実を石臼にかけるのですが、こだわり・・という観点からは石臼挽きは当たり前なのでここでは敢えて踏み込みません。ただ、石質としては最高級といわれる蟻巣石を二台、白御影石1台を使用してます。

               『 当店の全国初のオリジナル商品一覧 』

  1,全国初・・カラー選別緑の蕎麦(登録商標)(当店自作のカラー選別機で選び出した実で作る蕎麦)

  2,しがさらしそば・・(昭和63年頃から取り組んだいわゆる寒晒し蕎麦、シガが流れる時期に晒します)

  3,全国初・・熟成蔵出し蕎麦(登録商標)・・平成17年から取り組んだ10年熟成蔵出し蕎麦

  当店の蕎麦が茨城県がスポンサーのフジテレビ『磯山さやかの旬間いばらき』の中で、常陸秋蕎麦のテレビコマーシャルに採用されました。

  

              当店には蕎麦を語る上で忘れてはならない恩人、恩師が二人居ります

※ 一人は昭和61年に最初に食べてショックを受け、その数年後から住み込みで手伝わせて頂き、ご指導を頂いた軽井沢の蕎麦『水音』(当時・・、現在は蕎麦屋は高齢のため廃業し娘さんがカフェを再開?)のご主人、水澤正春様。蕎麦の勉強はもとより、素晴らしいテーブルや、機械等まで譲って頂いたり・・と、若いときからいろんな勉強をさせて頂き大変お世話になった方です。現在も軽井沢を通るときには必ず立ち寄るようにしております。元気でいつまでも長生きをして欲しいです。

  

      ※ 二人目はご存じ、日本一の蕎麦打ち名人として知られる山梨『翁』(当時)の高橋邦弘様。

昭和63年当時に日本一との噂を聞いてすぐ訪ね、食べたときの衝撃を未だに引きずり(笑)、特に平成二年に食べた時の蕎麦の色、食感、味わいは他の年のものより飛び抜けて素晴らしかった記憶があります。この平成二年の味を食することが出来た私は超・・ラッキーだと今でも思ってます。平成に入ってからは、毎年通って勉強させて頂きました。

  (その後、旦那さんは山梨を後にし、広島達磨へ。そこからさらに温かく季候の良い大分県杵築市へ・・・)

   

また弟子?ではなかった私は、旦那さんのヨーロッパ(フランス、スペイン、イタリア)蕎麦会、中国(重慶)での蕎麦会、韓国でのお弟子さんの結婚式等にも同行させて頂き、蕎麦の勉強はもとより大変な人生の勉強をもさせて頂き感謝しかありません。現在はなかなか会うことが出来ませんが・・数年前に子供二人を連れて大分県の店、大分達磨に行って顔出ししてきました。若い頃からの蕎麦の打ち過ぎで大分腰が痛そうでしたが、元気で長生きして欲しい大恩人です。